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スウェーデン木工留学記

カペラゴーデン編

2003/07/18

第39回 ゆら〜りベンツバスの旅 
- ドイツの都ベルリンと、チェコの都プラハへ -

ノルウェー、デンマークの旅行を終え、2002年7月4日にカペラゴーデンへ一旦、戻ってきました。数日かけて真夏のエーランド島を見るという目的があったのですが、あまりにも居心地が良く予想外に2週間もカペラゴーデン周辺だけに滞在してしまいました。もちろん敷地内の僕たちの部屋には宿泊出来ない(サマーコースの参加者が泊まっている為)ので、駐車場でこれまで通りに車中泊。昼間は校内の芝生などでひたすらのんびりしていました。

ちょうどこの時期は果物の収穫時期とも重なっていました。イチゴはもうありませんでしたが、サクランボは食べ放題でした。しかし、手の届かない所の熟した美味しい実は朝一番に鳥が持っていってしまうので残りを僕たちが摘んでいました。これらの果物はサマーコースの参加者達へのケーキなどになります。ちなみに8月後半には無数のリンゴがカペラゴーデン中の木に実ります。

滞在中に以前からの懸案でもあった車のブレーキの交換をしました。さすがに30万キロを走ってきただけありブレーキディスクの摩耗が激しく、車検時に交換を勧められていました。高くつきましたが命に関わりかねないので思い切って交換しました。お陰でこの交換後の春の車検では、いつもは長引くブレーキ検査が一回で終了。今までのがどれだけひどい状態だったがよく分かりました

カペラゴーデン滞在中に、止めておけばいいのに僕はまだ飛ぶ事の出来ない小鳥を保護してしまいました。前日から存在に気づいていたのですが、ずーっと泣き続けているにもかかわらず母鳥は現れないままでした。たぶん巣から離れた所へ落ちてしまったのでしょう。小鳥を育てた経験はありましたが、ペットショップへ行って聞いてみるとハエなどの虫がエサだと教えてくれました。ミミズでもたぶん大丈夫だろうとのことでした。

ハエの捕獲はさすがに無理ですが、カペラゴーデンの園芸科は肥料を作る為に生ゴミ等を山のように積み上げている場所があります。そこをスコップで少し掘り返せば簡単にミミズは手に入ります。小さく切って水をたくさん含ませて食べさせました。のどの奥に入るようにスプーンも用意しました。夜もよく寝てくれて、うまくいくかなと思ったのですが、2日後に死んでしまい、自然界はとても厳しいと感じました。一番元気な小鳥は飛べない頃に巣を飛び出してしまって死んでしまう事が多いとは聞いていましたが、とても残念でした。小鳥はリンゴの木の下に埋めてあげました。天国ではきっと元気に飛んでいることでしょう。
安心するようで、すぐに手の中で寝てしまいました

 7月19日、気を取り直して今度はヨーロッパへ向けて出発です。まずはスウェーデンの滞在ビザの更新手続きをする為に移民局へ。すでに更新許可がおりていたので滞りなく済みました。翌日にはスウェーデン南端の都市マルメ近くのキャンピング場へ。居心地良く2晩滞在。この頃からかなり強力なキャンパーが現れ始めました。キャンピングカーだけでも充分なのに、さらに荷車を引いていたり、大型のバイクまで積んでいたりと、装備へのお金のかけようには驚きます。

船でドイツへ渡り首都ベルリンへ行きました。予想はしていましたが僕の持っていた96年度版ガイドブックでは全く役に立たないほど街の様相が変わっていました。地下鉄路線も変わっていて、統一後の新しいドイツを感じました。特に旧東ベルリン側の再開発が進んでいるようです。その一角、Potsdamerplatzポツダム広場にあるソニーセンターの建築はとても有名なのですが、ショールーム自体も楽しかったです。AIBOの実物を未だに見た事のない僕は期待していたのですが会えませんでした。

ベルリンへ来た最大の目的はMitteミッテ地区内にあるというカレー屋さん。かなり流行っている話題のインドカレー店だそうです。広く、洒落た店でこんなに安くていいのかというくらいボリュームのある美味しいカレーを食べる事ができました。ベルリン滞在中、デジタルカメラが絶不調で撮影出来ませんでした。もしかしたら水が入ってしまったのかもしれないのですが、その後は不安定ながらもなんとか使用する事は出来ました。

さらに南へ下りました。ドレスデンからチェコへ向かうアウトバーン(高速道路)はドイツとは思えないくらいに状態が悪く驚きました。コンクリート道路なのですが、継ぎ目も酷くボコボコではねてしまうほど乗り心地が悪かったです。東ドイツだった地域ではまだこのような所も残っているようです。でも途中からはアスファルト舗装になり、とても快適でした。

この時、僕はチェコは通貨ユーロの参加国だろうと勝手に思いこんでいた為に、チェコの通貨が必要と気づいた時には焦ってしまいました。 国境を越えた時点で既に18時を過ぎていました。なんとか大型スーパーを発見し、ATMも発見出来ました。最初は通貨レートが分からなかったのですが、レジにユーロとの換算値が表示されていて、計算してみると物価がかなり安い事が判明しました。

この日はここの近郊から始まる高速道路のパーキングエリアで一泊する事にしました。途中で通った街はチェコの経済発展からはまだ取り残されているようで、社会主義時代の面影を強く感じました。プラハは国際的な観光地として大資本が投じられていますが、まだまだ地方には力を入れられないようです。東ドイツが生産していたトラバントという車を多く見かけました。もちろんスコーダ(チェコの車)も新旧共にたくさん走っていました。

カペラゴーデン近くでランチ

校内のリンゴの木の下で。毎日この様に過ごしました

一泊したパーキングエリア。スウェーデン

マルメのキャンプ場から。デンマークとスウェーデンを結ぶ橋です

チェコに入ってすぐの街

プラハでは中心部から少し離れた近郊のキャンプ場に泊まりました。小さい所ですが路面電車ですぐ街に出られて立地は悪くありませんでした。2年ほど前に来た事はありましたが、プラハはやはり素晴らしい所です。旧東欧諸国の中でブタペスト・タリンそしてプラハの3都市が一番発展しているそうですが、それでも古い街並みが残っているのでとても綺麗で印象的です。夜景も良く、街が主催する夜の街を巡るツアーというのもあるそうです。ここでもデジタルカメラの調子が悪く、プラハで撮影した写真の前半全てが消えてしまいました。

プラハは物価が安く(旅行者や日本人にとって)、この旅行の最初で最後の贅沢「レストランでの食事+ビール」をしました。それまではずっと自炊でしたが、自炊に必要な金額で、プラハでは食事が出来てしまうほどでした。ただし、電化製品、ブランド品などは他国と同じです。さらに僕の好きなAlfonse Muchaの作品展が市民会館で開かれていたを知り、見に行きました。彼はプラハ出身のアール・ヌーボー画家で、パリで有名になりました。Mucha museumがやはり街中にあります。

チェコでの収穫は保存温度24度の牛乳。スウェーデンやドイツのミルクは冷蔵庫保存が前提なので、車内に置いておくと3日目の朝には確実にヨーグルトになってしまいますが、このチェコで見つけたミルクは常温保存が出来るので旅行中の僕たちには嬉しい発見でした。その後、ドイツへ向かう為に国境へ。そのドイツへ入国する直前にガソリンスタンドへ。国境を越えるだけでガソリンの値段は倍近くになるので皆がここで並んででも給油していきます。


7月27日、そこから今度は南にあるミュンヘンを目指しました。高速道路を快適に飛ばしていましたがその日はとても暑い日でした。緩やかではありますが、長い上り坂を走り続けていた為に水温計がオーバー・ヒート直前の値に到達してしまいました。このままでは危ないなという所でちょうど緊急時の停車エリアを発見。エンジンを止めてしばらく休憩する事にしました。これまでも水温が上がる事はありましたが、今回は際どかったです。

いつものように中心から離れた郊外の地下鉄駅を見つけて駐車し、街へ向かいました。ミュンヘンは南ドイツ最大の都市です。97年に父と弟と共にドイツを訪れた時に別行動をして1人で来た所です。当時は何も分からずとにかくキョロキョロと色々な物を見ていましたが、まさか今度は車で来るとは思いもしませんでした。街中もかなり暑く、街の中心の噴水がある池にしばらく足をつけて涼みました。

この後はドイツ最南端の街リンダウを目指しました。僕の生まれ故郷です。しかし、夏のドイツの大きな観光ポイントであるボーデン湖沿いにある為にすさまじい混雑で、近くのキャンプ場に午後一番に到着したのにすでに閉鎖。離れたキャンプ場へ行ってみると1000人は軽く入れる巨大キャンプ場。しかし、そこもほぼ満杯で一日だけ場所がありました。キャンプ場とは思えないほどの喧噪で、さらに翌朝は大渋滞にうんざり。リンダウは次回にお預けにして、次の目的地へ向かう事にしました。

次回はベルギーへ向けて北上していきます。ここまでの走行距離約6200キロ。

プラハ中心街。観光客がすごいです

プラハ市内の地下鉄駅。とてもモダン

プラハ市内ではとても目立つ奇抜な建築

ロレッタへ向かう途中の回廊

ロレッタ

高台にある王宮が見えています

オーバー・ヒート寸前

工事現場の壁が鏡でした

涼んでいます

プラハの王宮からの帰り道

展望台からのミュンヘンの眺め

木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

木工留学記

 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!