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スウェーデン木工留学記

ストックホルム編

2003.10.01

第8回 カール・マルムステン校 - 入試そして最初の一ヶ月(前編)-

こんにちは、須藤 生です。ついに新しい学校生活が始まりました。今後一年間の予定表を見ると予想していたとはいえ、かなり忙しい日々になりそうです。イースターなどの長期休暇は皆無でクリスマスの休みのみでした。しかし、その休み明け初日が課題提出日になっているので休暇中も作業をするようになる可能性大です。このレポートを書く時間を見つけるのは以前と比べると大変なのですが、頑張って続けていきますのでご期待下さい。

さて今回は皆さんも興味があると思うのですが、この学校への受験と最初の一ヶ月間に何をしてきたかを報告します。今後も学業レポートとして皆さんに紹介していけたらいいなと考えています。

まずは学校の紹介から。第一回のレポートでも少しだけ紹介していますが、正式名称は Carl Malmsten Centrum for Trateknik & Design (CTD) 「カール・マルムステン木工技術デザインセンター」と言います。1927年にマルムステンが創設した学校の方針をそのまま引き継いで1930年に開校しました。当時の生徒は4人だけで、Carl Malmsten Verkstadsskola (英語名 Workshop school )という名前でした。

理論を通して手で物を作ることを学ぶという基本理念で、様々な講義および実習が行われます。木工製作だけではなく芸術としての知識(絵画、色、デザイン、美術史など)を深めることも重要とされています。もちろん現代はこれらにコンピュータが含まれます。

2000年からマルムステン校はストックホルムから200キロほど離れた都市にあるリンショーピン工科大に属していて、3年間で全120単位を取得することで学士を取得することが可能になっています。現在は家具製作科だけではなく、ギター製作科、家具デザイン科、家具修復科そして椅子座面張り科の5つのコースがあります。全校生徒は約60人ほどと少数ですが、非常に高いレベルの仕事をする学生が集まっています。

僕は同じくマルムステンの創立したカペラゴーデンで学んでいた事と、日本人なので受験方法は通常とは異なると最初は考えていました。第一回レポート写真を撮影した見学時(2003年2月)に、家具製作科の先生と面接が出来るように予約をして訪れました。話してみると、日本の大学等との短期留学生はあるが、3年間のコース希望者は特に区別はしていないとの事でした。ここへ来たいのならば募集要項通りに出願し、審査を通らないといけないことが分かりました。最高で5人の合格者という狭き門です。

僕が受験した家具製作科もそうですが、他の科も木工製作の基本的な経験を積んでいることが条件になっていて初心者の出願は出来ないそうです。家具製作科の募集要項の最初に書かれていることは、
・しっかりとした木工製作教育、実習を受けているか、もしくは経験を積んでいること。
・関連事項である製作技術、家具史、家具様式、芸術史を学んでいることも望ましい。

出願にあたって以下のような申請書類を提出するように指示されました。
・これまでに製作してきた物の作品集
 500X700ミリの厚紙片面だけにレイアウトすること。
 絵や、スケッチ3枚。
 木工作品の写真を3-5枚。合計最大8枚。
・自己紹介。出願理由等をA4用紙で。手書きは禁止。
・関連する学歴および証明書。
・関連する職歴、実習歴の証明書。

僕のHPにも載せている作品達をプリントし、和紙を貼った台紙に並べていきました。

これらがマルムステン校への申請書類で、さらにスウェーデンの大学を統治する機関へ申請書および学歴証明等を提出しなければいけませんでした。僕の場合は日本の高校、大学の卒業証明書と成績証明書、そしてカペラゴーデンの卒業証明書、スウェーデン語学校の証明書も添付しました。日本と異なりオリジナルの書類ではなくコピーされた物を送付との指示だったので、封印されていた証明書を開封し、内容を見ることが出来ました。

双方への全ての書類の送付締め切りは4月15日。そして5月2日にマルムステン校から封書が届きました。16日8時30分に学校へ来るようにとの通知でした。その場にいた皆から「おめでとう!」と言われるので、ほぼ合格という事なのかと浮かれてみたら、そうではなく面接以前に落とされる人もたくさんいるので大事な一歩なのだそうです。一次審査を通ったという事でしょう。

試験日は、一日かけて面接および試験が行われるので、身分証明書と筆記用具、計測器具を持参するようにと記載されていました。試験内容は筆記と実技に分かれていました。

ストックホルムから遠く離れた所に住んでいる僕にとっては、試験当日に間に合うようにするには前日に出発し、宿に泊まる必要が出てきました。電車のチケットも取り、妻の出産予定日が5月最終週だったのでカペラゴーデンの学生達に「もしもの時にはお願いします」と頼んでおきました。カペラゴーデンの先生によると、マルムステン校のテストは蟻組み(ありぐみ)の製作が課題だというので、前日は一日かけて練習をしました。

出発当日の朝、歯磨き中に突然、奥歯に付けていた銀歯が外れ、試験当日の朝は7時30分集合を8時30分集合と勘違いしていて、「残念だけど今回は・・・」と言われ受験できないという酷い夢を見て目覚めることから始まりました。実際はちゃんと8時30分集合で全部で、10人の受験生が集まりました。

試験会場へ入ってすぐに筆記手試験が始まりました。様々な知識を問う問題が並んでいて、前半は日本語でさえなんと言うのか分からない物があり焦りました。問題例としてはこの様な感じです。
・木の部分ごとの名前。
・フレース盤で使用する様々な種類の刃物の名前。
・丸鋸盤で使用もしくは取り付けられている保護、補助具を重要度順に列記せよ。
・スウェーデンの著名な家具会社名、曲げ木の会社名、椅子張りの会社名を列記せよ。
・刃物が木を切る時の進入角などの名前。
・目の前の棚に置いてある5種の木片の名前。
・木を接線方向と年輪に交差する方向に切った時の木目をそれぞれ図示せよ。
・(様々な機械の絵を提示して)名前を記述。
・(20種の椅子の絵とデザイナー名が並んでいる)それぞれを結びつけよ。
・HBとH4はどちらが固い? A4は210X 294ミリだがA5とA3のサイズは?
・マルムステンはいつ生まれた?エーランド島にあるマルムステンの学校名は?
・(6種類の3面図から)立体図を描きなさい。
・正面にある椅子2つのスケッチ。

筆記試験中に一人ずつ面接に呼び出されました。校長、先生等、数人の前で作品集の解説を簡単にし、志望理由や僕が日本の大学で行った卒業研究の内容などを話しました。もし合格した場合、講義は全てスウェーデン語だから勉強しておくように言われました。さらに、「もし不合格だった場合はどうする?」とも聞かれました。「ダメだったら帰国しないといけないが、いずれにせよ、また来年も受験する。」と言うと笑っていました。


緊張しましたがこれで午前の試験が終了。午後の試験が始まるまで学校近くのベンチに座ってお昼御飯を食べました。ここからはストックホルム市街を一望できるので良い休憩となりました。学校は6階建てのビル内に各コースが点在しています。 午後の実技試験。カペラゴーデンの先生に言われていた蟻組み製作ではなく、違う課題を提示されました。材料、道具は
・一畳くらいのダンボール紙
・2センチ角の松の棒。長さ90センチ4本
・針金
・カッター
・ノコギリ
・ペンチ
・かなづち

これらを使用してズシリと重い事典5冊を載せられる板(長さ80センチ)を作るという課題でした。制限時間は2時間。

かなづちの必要性が全然無いので聞くと、答えに困ったようで「叩いて特殊形状にするとか(笑)」と言っていました。時間制限があり、このようなプレッシャーのかかる中での作業は初めてでしたが、焦らないように確実にこなせたつもりです。

最後の願書と共に提出した作品集を引き取り、解散となりました。先生の最後の挨拶では「不合格だとしても、ここへ呼ばれた者はマルムステン校へ来て欲しい者だからね。」とのことでした。カペラゴーデンへの復路は5時間ほどの電車移動。妻の出産はまだのようで一安心しました。

5月26日に息子が生まれ、落ちつき始めていた6月2日に合格が判明しました! 後日、大学機関から正式通知が届き、ネット上(もしくは封書)で"YES"と返事をすることで<正式にスウェーデンの国立大学生になりました。出産、カペラゴーデン卒業、マルムステン校へ合格とうれしい事が続きましたが、この日からストックホルムでの家探しが始まりました。

そして8月19日火曜日から学校生活が始まりました。2,3年生は9月1日から始まります。学校はビルの中にある為に作業場、機械室共にカペラゴーデンと比べると狭いスペースです。校内の案内や鍵の支給などが行われ、各科毎のミーティングがありました。

作業場


機械室


2日後はストックホルム郊外にある群島の一つへ船に乗って小旅行。


これは一年生の親睦を深める為の旅行でもありますが、早くも課題が提示され、どの様な方法でもよいからこの島の自然、歴史などについて各科毎に発表をするよう指示されました。ただし、この島は自然保護区になっていて、何も持ち帰ることはできません。


この周辺の島は現在でも少しずつ隆起し続けています。居住している人は管理人の家族以外はほとんどいないようです。


水辺で昼食となりました。数時間をゆっくりと過ごしました。家具修復科の4人はワイン数本を持ってきていて美味しそうでした。


岩の隙間から花が咲いているのを発見。


課題の為の記録作り。


暖かい一日で島内散策をしたり、泳いだりと良い一日でした。
翌金曜日には講師を招いての講義。前半は作業時やコンピュータ使用時の姿勢などの話でした。どの様なことが体に負荷がかかるか、これからの3年間を気持ちよく過ごす為の説明が行われました。後半はファースト・エイド。木工作業中に起こりえる事故を想定してどの様に対処をすべきか講義が行われました


製作課題が始まる前に機械の使用法、安全、清掃、手入れの方法などについての説明が水、金の午後2日間にわたって続きました。もちろん全員が機械の使用経験があるわけですが、かなり細かいところまで確認が続きました。2月の見学時にも感心したのですが、作業場など全てが確実に整理整頓されていています。写真の彼女は帯鋸(バンドソー)の刃を交換しています。


2週目の最初2日間は鉋(かんな)製作実習でした。鉋製作については、引き続き次週ご紹介いたします。


木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

木工留学記

 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!