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スウェーデン木工留学記

ストックホルム編

2003.04.30

第3回 生木の加工から学べる事

今回は「手で物を作る」事について書きたいと思います。スウェーデンの家具デザイナー、カール・マルムステンの作品達の中には、機械を使用して大量生産出来る物が多数ありますが、彼はそれとは別にイギリスの Fork arts and crafts movement や日本の民藝運動と通じる、一般の人々へ向けての工芸教育にとても力を入れました。生活の中で使う食器を作る教室を開いたり、子供達とともに木のおもちゃを作るコースを頻繁に催しました。それらの延長線上に家具製作技術を教える彼の工芸学校達があり、現在はストックホルムの Carl Malmsten CTD と南スウェーデンにある Capellagårdenが 残っています。

僕は現在カペラゴーデンに在籍していますので、ここでの経験を元に今回のレポートを書いています。カペラゴーデンはカール・マルムステンCTDと並びスウェーデンで最高の家具製作技術を学べる学校ですが、特に初年度の課題では機械を使わずに手作業だけで物を作る事を重視しています。

入学してすぐの時期に発表された課題は、切り倒されて間もない、まだ水を大量に含んでいる木を使って、ナイフ等の刃物だけでお盆やお玉を作るという課題でした。常識的に考えると木は時間をかけてしっかり乾燥させてから加工をする物なのですが、この課題の中には生の木の特性、木目の見方、木取りの方法、刃の入れ方などを体験しながら覚えていくという狙いが入っています。

前号でも述べましたが、カペラゴーデンは教科書を読んで学ぶのではなく、「物を作る事を通して学ぶ」を教育の特徴としています。これは陶芸科、テキスタイル科、園芸科にも共通し、製作中、常に自分で考え、判断していく事を求められます。学生本人の求める物が第一で、教師達は「なぜ、そうするの?」「今、どう考えているの?」「どうするんだ?」「どう考えだした?」というような、学生の創造性を邪魔しかねない質問はしません。製作後、この作業の中で得た知識を自分で考える事が大事だと教えられます。

では、いきなり問題です。右写真の様な丸太を割った材料から加工を進めていくと仮定して考えてください。

答えはページの下へ!


問題 1 刃物を使って木を掘り、お盆を作ります。木口(木の断面)の上下をどのようにすると、AもしくはBのようになるでしょうか?


a. 1側を上にして掘るとAのようになり、2側はBのようになる。
b. 2側を上にして掘るとAのようになり、1側はBのようになる。
c. 1でも2でもAのようになる。
d. 1でも2でもBのようになる。


問題 2 マルムステンのデザインした木のお玉を作ります。どのように材料取りをすると良いでしょうか?


a. Aの様にお玉の取っ手が木目と平行になるように削り出す。
b. Bの様にお玉の取っ手が木目と交差するように削り出す。


それでは正解です。 問題 1の正解はb。この様な木目を選んで正しい面2から掘っていくとAの様な輪になった綺麗な模様が現れます。この木目の見え方を知る事は、例えば曲線のある椅子などを作る場合にも重要になってきます。


問題 2の正解はbです。この様にするとお玉の部分の加工が容易になり、取っ手の根本が丈夫になります。お玉を作るには右下の様に、まずお椀の部分を仕上げてしまってから、取っ手の製作をします。こうするとお椀の加工中、作業台にしっかりと固定をすることが可能になります。


問題2のお玉の図面です。厚みや取っ手の断面形状などの指示が細かく書き込まれています。


これは僕が白樺の木で作ったお玉です。取っ手の形状からコブラの様だと他の学生に言われました。


さて、なぜ生の木から製作をするのかについて、「コーサ」という北欧の極北地に住んでいる遊牧民サーメ人(もしくはラップ人)のコップを例に話を続けていきます。生木の加工を始めて最初に感じる事はとても柔らかい事です。水を大量に含んでいる為に刃物が簡単に入り、サクサクと加工が進みます。 以下のような道具を使い分けて加工をしていきます。


1. 曲面加工用の丸ノミ達は内側を掘り進むのに適しています。


2. フックナイフはある程度の加工が進んでから内側の曲面を仕上げていくのに使用します。


3. 幅広のナイフは外側の大まかな加工に使用します。両手で持ち、手前に引きながら木を削ります。


4. 南京鉋(なんきんがんな)はさらに細かい外側の曲面加工に用います。木製の物は僕の自作です。


これは、折り畳める可搬式の作業ベンチです。下写真の様に組み立て、ペダルを踏む事で材料をしっかりと固定する事が出来ます。3 の幅広ナイフを使用しながら、加工をしている最中です。



製作工程はお玉の時と同じく、内側を仕上げてから外側を加工します。内側の大きさはちょうどコップ一杯分になるように、実際のコップの水を入れて穴の大きさを確認し調節していきます。2,3日間で一気に削り出しますが、加工が進んで肉厚が薄くなってくると、生の木の為に急激な乾燥との戦いとなります。「木が動く」と表現しますが、木は熱や湿度の上下によって大きく変化します。普通に乾かしてしまうと木が縮み、割れてしまいます。


作業中、乾燥を抑えるにはいくつかの方法があります。

・加工があまり進んでいない時点では材料の木口面に木工ボンドを塗り、紙を貼ってしまいます。乾燥は木口面からがほとんどなのでこれだけで乾燥をかなり防ぐことができます。
・加工が進んでからは、カペラゴーデンが好んでいる方法として、蒸かしたジャガイモを加工面に擦り込む方法があります。乾くと固い膜になり乾燥を防ぎます。ただし、次の作業を始める前にそれを剥がす手間がありますが。
・密閉したビニール袋の中に入れておく事も有効です。袋内は高湿度に保たれるので乾燥を防ぎます。
・バケツの水につけておく事もできます。僕は手軽なのでこの方法を選んでいます。これならば加工中に乾いてきても再び水に浸すことで湿らせる事ができます。


加工中は刃を入れるだけで木の水分がジワッと染み出て来ますが、完成後は逆にうまく乾燥をさせなければなりません。普通に外気にさらされる場所へ放置しておくとほぼ確実に割れてしまいます。どのように乾燥をさせるかというと、時間はかかりますが木の削りカス達、大鋸屑(おがくず)の中へ入れておきます。こうする事によって周囲の大鋸屑が湿気をゆっくりと放出してくれます。この状態で数日間、待機します。

しっかり乾燥していると、少し形がゆがみますが割れることなく安定します。サンドペーパー等でナイフの跡を消したい場合や、磨き上げたい場合はこの後に加工をします。逆に手で加工をしたという証拠にもなるナイフ跡をそのまま残すことを選択する者もいます。


コーサの他にスプーンも作ってみました。小さい方は紅茶の葉をすくうのに都合が良いです。


この課題では木の基本的な事を学ぶことがたくさん出来て、とても興味深かったです。


では最後の問題です。これは僕の作った椅子の肘掛けですが、このように木の繊維と肘掛けの曲線の流れを一緒になるように材料取りをするには、どのようにすればいいのでしょうか?


カペラゴーデン木工科内にある木取り見本です。右は木目の見方を誤ってしまった為に、肘掛けとして使用する事は可能でも、意匠上はあまり美しくない状態になってしまいました。この木取りの方法を知っておく事は問題1でも述べましたが曲面のある家具を作る場合にはとても重要になってきます。


この様な材料の加工法は写真からも分かるように無駄になる部分がとても多く、量産品にはコスト、手間の面からなかなか出来ません。もし、皆さんが高価な椅子を買うような時には同じモデルでも、少しでも綺麗な木目が現れている物を選ばれることをお勧めします。

カペラゴーデンの1年生は最初の課題でこの様な手加工製作を学び、次の課題ではやはり手加工で家具(あまり大きくない物)を作る課題を課せられます。マルムステンのベッドサイドテーブルの他、配膳台、トイレの便座など様々です。僕の学年は教会用の大きな燭台の製作が課題でした。

専門的な内容がとても多くなりましたが楽しんでいただけましたら幸いです。僕が個人的に発行しているメールマガジン、「スウェーデン木工留学記」No.10と同じテーマでしたが、今回はずっと内容を掘り下げてまとめてみました。また、前ページ最後の椅子の写真は僕のサイトに載っていますので、ご興味がありましたらそちらもご覧になって下さい。

それでは、ヘイドー!(スウェーデン語でさようなら)

木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

木工留学記

 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!