MENU

スウェーデン木工留学記

ストックホルム編

2009.12.09

第77回 映画監督ベルイマンの遺品オークション

こんにちは!日本も冷え込む日が多くなってきましたね。季節の変わり目ですので、体調を崩さないようお気を付け下さい。さて今回は、スウェーデンが同じように寒くなり始めた9月末に、大きな話題となった、あるオークションを紹介いたします。

映画に興味のある方でしたら、Ingmar Bergmanイングマール ベルイマンという映画監督の名前を聞いたことがあると思います。二年前に亡くなりましたが、多くの名作を残し、黒澤明などと並んで巨匠と称されることも多いようです。

そのベルイマンが亡くなったゴットランド島の邸宅で使われていた家具調度などが、丸々一式、オークションにかけられることになりました。遺言書の中で、遺品は全てオークションで処分するように指示されていたからです。遺族たち(かなりの人数になる)の中で、トラブルの元になることを懸念したのでしょう。

競売前に発表された、出品一覧を見てみると、僕でも手の届く価格帯で魅力的な物が並んでいました。これだったら、幾つか落札できそうだと思い、入札に参加してみることにしました。家具などは資料としても有効活用できると思ったからです。

しかし、このオークションが競売商も予想しないほどの競札合戦になるとは、まだ誰も想像していませんでした。

まず一例。特にこれといった特徴もありませんが、素朴で綺麗な松の椅子10脚です。予想落札価格(競売商が入札前の目安として提示する額。これによって大まかな価値が分かる)は10脚合わせて35000円でした。この値段なら買ってしまおうと思っていたのですが、落札価格はなんと250万円!一桁間違えているわけではありません。本当にこの額まで値が上がったのです。特に有名作家の作品でも、名作と言われるような椅子でもありません。極々普通の椅子です。

落札者はさらに12%の手数料などを支払いますので、総額300万円近い(一脚30万円)支払い額になります。なんてことでしょう。


これはJDNをご覧の皆さんならばすぐに分かりますよね。チャールズ イームズの傑作である、ラウンジチェアです。ベルイマンがここで寛ぎながら本でも読んでいたのでしょうか。予想価格は50万円でしたが、落札価格は150万円。間違いなく新品で購入するよりも高額です。


これも素朴で良いなと思っていたGustavsbergのお茶セット。茶染みなどもあるし、特にコレクターズアイテムでもないモデルです。予想価格は2万円でした。しかし応札が繰り返され、落札価格は20万円に。


出品リストのほとんどが、元々は市販品だった物ばかりの中、これは高くなりそうだと思われたのが、ストックホルム王立劇場(ベルイマンが一番思い入れのあった劇場だそうです)の模型。監督にプレゼントされた物で、内部は特に手が込んでいて、電動で稼働する部分もあります。

予想価格は40万円。この価格ならば、もっと上がるだろうと思っていたら、最終的な落札価格は1300万円! 12パーセントの手数料だけではなく、作者への手数料(何パーセントだったか忘れましたが、たぶん落札額の5パーセント前後。特に絵画の落札などでは必須の手数料です)も必要です。ざっと計算して1500万円。


Carl Malmstenがデザインした書斎机Arkitekten。ベルイマンがここで脚本の構想を練ったかも!?という期待(たぶんその通りでしょう)からか、予想価格25万円は落札額200万円に跳ね上がりました。


メルクリンのHOゲージの客車など。自走できる車両は一台で、線路などはありません。特別なモデルでもありませんので、狙い目かなと思っていたら、予想価格3万円が、落札価格45万円に。。。


マルムステンの作品の中でも傑作だと思っているのが、このサイドボードSläden。必要ない時は、重ねて収納できる綺麗な作品(この写真は収納の仕方を間違えています)です。ディテールに溢れた凝った作りになっているため、新品は非常に高価です。スウェーデンだと、25万円くらいです。

カタログ上の予想価格13万円でした。しかし落札価格はまたもや予想を大きく上回る、110万円。とんでもない額になりました。新品を遙かに超えています。なぜでしょうか。 答えは次。


卓上に、ベルイマン直筆による書き込みがあるから。よく見るとサインもありますね。

この書き込み内容から想像できることは、この机は電話台として使われていたということ。メモ用紙が見つからなくて、直接書き込んだとしか思えません(笑)。


ベルイマンが乗っていたメルセデスのゲレンデヴァーゲン。無骨でかっこいい!年式は30年前で、走行距離は約9万キロ(あまり乗っていなかったのでしょう)。そして予想価格80万円は、落札額270万円に。もう一台のメルセデスも立派な値段になっていました。


もうこの辺で、とてもじゃないけど僕が参加できるレベルの競売ではないことがはっきりしてきました。冒頭の10脚の椅子とほぼ同じ、白の椅子8脚。出品リストを見ると翌分かるのですが、ベルイマン監督は、華美な物ではなくシンプルな物を好んでいたようです。通常、この様な椅子には資産価値が無いために、予想価格25000円は妥当な値付けなのですが、ベルイマンが使っていたということで、130万円の高額落札と相成りました。


これならたったの4脚だし、そろそろ競札合戦も落ち着くだろうと思ったのですが、予想価格13000円(極めて無難な額)は、落札額20万円になってしまいました。何一つ落札することなく、途中で撤退を決定しました(笑)。


翌朝の新聞には、「歴史に残る大オークションとなった」と載っていました。どうやらベルイマンのファンや、コレクターが世界中から参加していたようです。たった350弱の出品数なのに、10時間にも及ぶ競札(普通は一時間で100から150品くらいは進む)となったのです。

15時スタートだったので、競売商はちょっと遅めの夕食くらいには帰宅できると思っていたのでしょう。しかし現実は、予想を遙かに上回る応札合戦が行われ、休憩無しでの進行、そして、スウェーデンでは極めて珍しいことでもある、日付をまたぐことになったのです。新聞に載っていた会場写真には、疲れ切った顔をしている競売商の係員たちが写っていました。

不景気という世相を全く感じさせない熱気溢れるオークションでした。

木工留学記

 カペラゴーデン編

メルマガで配信していた留学記です。主にカペラゴーデン留学中の1999-2003年頃の事柄を紹介しています。

子育て記

日本とは異なるスウェーデンの出産育児を絡めながら、2003年の長男誕生前後を紹介しています。

木工留学記

 ストックホルム編

カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。

本になりました!

スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0

当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!