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スウェーデン木工留学記
ストックホルム編
2005.10.05
第40回 スウェーデンのカメラ ハッセルブラッド
こんにちは!
2カ月半もの長い夏休みがあったにも関わらず、娘の誕生後は家事、育児に大忙しであっという間でした。ストックホルムはすでに10度以下になる事もあり、長い冬が近づいています。今回はちょっと趣向を変えて、僕が夢中になっているスウェーデン製のカメラを紹介します。
現在、スウェーデンは世界有数の福祉大国として有名ですが、大金を生み出す目立った資源(要するに石油。隣国のノルウェーは世界第3位の石油輸出国で経済的にも豊か)もなく、ほんの一世紀前までは世界最貧国の一つ(この事はスウェーデン伝統の祭りや食事などからも垣間見られる)でした。それが今では高度な技術開発力などから、強力な競争力を持つ製品を世界中に輸出するほどになっています。分かりやすい物だとエリクソンの携帯電話や、ボルボ、サーブなどが有名ですね。目立たない物でも皆さんの生活に浸透している物としては、牛乳のパック(テトラパック)、ジッパー、ボールベアリングなども、スウェーデンで開発された物です。医薬品でもとても有名です。
もう一つ、スウェーデンの重要な工業製品として僕が挙げたいのがHasselblad(ハッセルブラッド)。日本のカメラとは一線を画すシステムで、主にプロカメラマンを中心に使用されてきました。80年代くらいまでは冗談でも買える様な値段ではなかったようですが、最近は手の届く価格になり、アマチュアカメラマンにも愛用者が増えています。通常のフィルム(135判)よりも大きい120判を使うので画質の高さでも有利です。今回のレポートで、そのハッセルブラッドの魅力を垣間見て頂けると幸いです。
今回のレポートではVictor's Roomというハッセルブラッドを紹介するサイト、およびサイト内掲示板に集う方々から写真の貸与、ご助言を頂きました。この場をお借りしてご協力を感謝致します。
これは僕が使っているハッセルブラッド203FEという比較的新しい世代のモデルです。しかし、約60年前に発表された第一号機と比べて基本的なデザイン、使用法は特に変わっていません。このモデルにはプラスティック部品が使われていますが、それでも現代のカメラ達と比べれば雲泥の差と言えるほどの作りの良さです。特に旧モデルはメカの固まりという感じで、所有欲までかき立てられます(笑) |
初めて見た方は、ごつくて重そうなカメラだと感じたことと思いますが、全くその通りです(笑)。しかし、実際は持ちやすく、使いやすい様に考えられているので、それほど負担には感じません。しかも同じフィルム フォーマットを使用する他のカメラ達と比べると最軽量の部類に属します。 |
軽く特徴や使用法を紹介します。レンズの描写云々、カメラの操作法など詳しい事はすでに様々な書籍等で述べられていますので、僕は簡潔に記します。 |
撮影像を見るファインダーはこの様にフタを開きます。 |
フタが開ききると、中を覗いた底にレンズを通した画像が見えます。 |
この写真からは分かり辛いのですが、実際の像は大きくずっと鮮明に見えます。初めてファインダーを覗いた時に感激した記憶があります。 |
ハッセルブラッドの大きな利点は、簡単に各部品を外して交換する事が出来る事。これは一般的なカメラと比べて非常に大きなアドバンテージです。 |
ハッセルブラッド以上に魅力的なのが、写真の出来を決めると言っても過言ではないレンズ群。ドイツのCarl Zeissカール ツアイスと言えば聞き覚えのある方も多いと思います。当然ながら、超広角から望遠まで様々なレンズが揃っています。ハッセルブラッドのシステムはこのレンズを使う為の物と考えても良いかもしれません。 |
もう一つ、革新的に便利なのがフィルム マガジン(フィルム バックとも言う)のシステム。通常のカメラではフィルムを使い終わるか、残りを捨てないと他のフィルムに交換する事が出来ませんが、ハッセルブラッドのシステムでは撮影途中に白黒フィルムや、ポラロイドフィルムに交換し、また戻すという事も可能になります。現在はこれにデジタル撮影をする為のデジタル バックも選べます。 |
最近の自動装填式カメラに慣れてしまうと面倒かもしれませんが、手動でフィルムを装填します。僕はあまり品のないギュイーンというモーター音よりは、こちらの方が好みです。 |
フィルムは中判用のブローニーフィルム(120判ロールフィルムとも言う)を使用します。通常の使用では12枚の撮影が一本分になります。 |
画像1コマのサイズ(ハッセルブラッドの場合は正方形)は通常のフィルム(写真下)の4倍近い領域がある為、高画質に撮る事が可能になります。 |
真正面から見るとよく分かりますが、レンズに対してボディはギリギリまで切りつめた大きさになっています。必要充分且つ無駄のない作りです。 |
真上から覗き見るファインダーが使いにくい状況では、別のファインダーに交換する事もできます。 |
もちろん、ファインダーが変わっても操作系には全く影響しません。 |
皆さんに一番なじみが少ない部分としては、この遮光板でしょうか。フィルムマガジンを交換の為に外しても、フィルムに光が当たらない様にブロックする役割があります。 |
そしてもう一つ、最近のカメラでは必要なくなってしまった巻き上げクランク。写真を撮る度にクランクを回し、次のフィルムを巻き上げてシャッターの準備をします。しかし、この点もよく考えられていて、クランクを外してモータードライブを装着する事により、自動巻き上げとして使用出来る様にもなっています。 |
ここからは他のモデルや撮影例をご覧下さい。このモデルは1948年に発売されたハッセルブラッド1600F。当時としては驚異的な性能を備えていたカメラです。実は僕も一台、中古で購入してしまいました。現在はメンテナンス中で元気に帰ってくるのを楽しみにしているところです。 |
当時からコンセプトは不変で、たくさんの交換レンズやアクセサリーが用意されていました。この写真に写っている機種は1600Fの後継機である1000Fと広角用カメラ。 |
その1600Fで撮った写真。大きいサイズでご覧頂けないのが残念ですが、何十年も前のレンズとは思えない描写です。 |
画像が正方形というのも他と異なる大きな魅力の一つです。 |
僕がスウェーデンにいる間に変貌を遂げている銀座。 |
1600F発売から6年後に発表されたのが超広角撮影専用のSWA。 |
ツアイスのビオゴン38mmというレンズが装着(固定式で交換不可)されています。史上最高のレンズと評される画質の素晴らしさが大きな特徴です。 |
現在でも、微妙にモデルチェンジを繰り返しつつ生産されています。ハッセルブラッドのカメラの中では小型の部類に入るので、これだけを持って出かけるというのも面白いでしょう。 |
超広角になると画像が歪みやすいのですが、このレンズは超優秀な性質を持っていて、ちゃんと直線が真っ直ぐに写ります。建築などの構造物を撮る場合は非常に大事な事ですね。 |
これはちょっと新しいSWCで撮影。 |
そして1957年に発表されたのが、ハッセルブラッド500C。今でもハッセルブラッドの代表機種と言えるほどの超ロングセラーです。電池を全く必要としないので、フィルムさえあれば撮影する事が可能です。電池切れで撮れないなんていうお粗末な事はあり得ません。 |
現在はデジタルカメラが急速に性能アップを遂げていますが、まだこのツアイスのレンズ群を無駄なく使いこなせるCCDセンサーは一般向けには作られていません。たぶん作る事は出来るでしょうが、値段は1,000万円クラスになるのではないでしょうか。 |
ハッセルブラッドは戦場(目立つ。小回りが利かなそう)とスポーツ撮影(超高速連写が出来ない)には向きませんが、様々な用途に対応可能です。 |
その究極の一例が宇宙での使用。アメリカのNASAが月を目指したアポロ計画などにも同行しています。月から見た地球などの宇宙空間を撮影した写真はハッセルブラッドで撮られています。月に放置してきたカメラもあるそうです(笑)。それだけ、信頼性、耐久性を認められたという事でしょう。写真はその宇宙使用を記念した特別版のスペースモデル。 |
ここまでに紹介してきたモデル達では出来ないのが、建築物などの厳密な撮影。建築雑誌などの撮影で、未だに大型カメラが使用されている理由と同じく、この特殊な形状のカメラは、ビルなどを撮る時に上の方がすぼまって見える現象を補正する事が出来ます。これは写真表現という点でも面白い可能性(普通のカメラでは絶対に出来ない描写を作り出す事が出来る)を秘めています。 |
そのカメラを使用して撮った物。パッと見た感じでは普通に見えてしまうのですが、その“普通に見える”写真を撮る事が、難しいのです。 |
ハッセルブラッドのカメラシステムの魅力は画質の良さもさることながら、工作物としての魅力にも溢れています。現在のプラスティック樹脂中心の工業製品とは、出来も、感触も、質も、品も全く異なります。僕はその様な趣向を持っていませんが、中には戸棚に飾ってウットリと眺めるだけでも満足という方もいるようです。 |
ここからはハッセルブラッドで撮影した様々な写真を紹介します。これは湘南の海。 |
ストックホルム王宮で行われている衛兵交代式。 |
山手カトリック教会。 |
当然ながら白黒写真でも綺麗な描写をします。 |
大きなフィルムサイズは、緻密な描写を必要とする風景写真にも非常に向いています。登山家が装備が重たくなる事をいとわずに担ぎ上げるだけの性能に溢れています。 |
峰から。僕には想像のつかない場所です。 |
日本の四季を記録。 |
善光寺平。 |
これまた特殊なのが超望遠撮影。自然動物の撮影や、近寄る事の出来ない被写体を撮影する時にこの様な望遠レンズを使用します。 |
チャンスを待ち続ける我慢強さが必要ですが、なかなか見る事の出来ない動物の生態を知る事も。 |
通常のレンズだと小さな機影しか撮れませんが、ここまで寄ると大迫力ですね。 |
これは前後の山が近づいて見える、望遠レンズ独特の描写。 |
毒蛇ハブ。 |
見た目は似ていますが、異なるレンズ構成で行うマクロ撮影。被写体に近づくという点では同じですね。 |
マクロ撮影には簡単そうなイメージがあるのですが、実際はけっこう難しいんです。 |
ほんのちょっとの微風が吹いていても、撮影時には強風に感じるほど被写体へのフォーカスに苦労します。 |
コンパクトカメラにはとても難しい表現も可能です。 |
当然ながらハッセルブラッドは、スタジオ内での撮影にも完璧に対応できます。とはいっても、僕にはそこまで大がかりな設備は必要ないので、本体装着型のストロボを室内撮影で使用しています。あまりにも目立つので、まだ屋外には持ち出せずにいます(笑)。以下は僕が撮った写真達です。 |
ストロボを使用して、朝食中の息子を撮ってみました。 |
夏休み中、僕は息子を連れて近所へ散歩に出る時には常にカメラを持ち歩いていました。 |
去年の夏とは違い、歩けるようになった息子を連れてゆっくりと近所を散歩するのはとても新鮮です。短い夏ではありますが、日は長く夜22時を過ぎてもかなり明るい状態です。 |
今まで気づかなかった物にも、子供と一緒にいると目が向いたりもします。 |
自宅から15分ほど歩いた所にある湖で。今夏のベストショットだと思っています。 |
この湖にはたくさんの水鳥が生息しています。随分と近づいても平気なほどノンビリとしています。 |
すごい数の鳥たちがウロウロしている中で、スウェーデン人達は日光浴をしています(笑) |
ツアイス レンズの描写の良さを感じる一枚。 |
僕が撮影に勤しんだ後に芝生で一休みしていると、ちょっかいを出しに来た息子。 |
甚平を着せて一枚。 |
湖のほとりで。 |
それを水に入りながら撮影する僕。パンツまでびしょ濡れになりました(笑) |
率直に言いますと、現在の日本製カメラメーカーの方が、技術力(欧米のメーカーはズームレンズの開発で全く付いて来られませんでした)、価格競争力では遙かに上まわっています。しかし、たくさんの写真をご覧になってお分かり頂けたと思いますが、最新鋭のカメラと比べても撮影した画像自体に遜色はなく、描写の美しさから考えればそれらを上回る素晴らしい実力を持っています。この点がたくさんのプロカメラマンから愛されてきた大きな理由の一つです。
僕の曾祖父(医学者でした)は明治時代に既にカメラを持ち、撮影(たぶん日本最初期のカメラマンの一人)をし、写真術に関する本を書いていました。その中の一節に、“絵画など芸術に秀でるには天賦の才と、絶え間なき努力が必要です。写真撮影も例外ではありません。しかし、写真が絵画などと異なるのは、初心者だとしても、正しい知識を持つ事でかなりのレベルの物を撮る事ができるのです。絵画ではこの様な、まぐれ当たりはありませんが、写真は科学の理論で全て対応できるのですから、アマチュアカメラマンだとしても、きちんとした知識を持ちましょう”と、書かれています。さすがは理論からアプローチする学者だと感心しますが、現代に生きていれば、こんな文章を継ぎ足していたかもしれません。
“良い写真を撮る為に必要なのは、ハイテク満載のカメラではなく、それらを適切に操れる知識と技量である。ハイテク装備は撮影の手伝いをするだけの物であり、写真の結果を高める要素ではありません”
ちょっと前までハッセルブラッド、ツアイスのレンズは“家が建つほどの値段がする”と言われるほど、一般人には縁のない物でした。しかし、近年のデジタルカメラの隆盛もあってか、中古製品の値段は相応になりつつあり、本当に写真を楽しみたい方にとっては良いチャンスです。機会がありましたら、ぜひハッセルブラッドの魅力に触れてみて下さいね。
木工留学記
ストックホルム編
カペラゴーデンの終わり頃と、ストックホルムのマルムステンCTDでの事柄が中心です。2003年からJDN(ジャパン デザイン ネット)上で7年間、連載していましたので読み応えがあります。
本になりました!
スウェーデンで家具職人になる!
税込み価格1890円
須藤 生著 早川書房発行
ISBN 978-4-15-208925-0
当サイト上に掲載している内容などを新たにまとめ直し、さらには書き下ろし記事もたくさん追加しています。写真だけではなく、図面なども豊富に盛り込んでいます。興味深い内容になっていると思いますので、ぜひご覧ください!